クラスで気をつけていること
ヨガを教えることは、船に乗ると見えるなびいていく波に似ていると、私の恩師であるジュディス先生は言っていました。自分が生徒さんたちとシェアしたことは、自分の知らないところで一度も会ったことのない人たちの間で広まっていく。だから、自分が教えていることがどんな風に伝わっているか、年月をへてどういうスタイルになってきているか、時々ちゃんと周りを見回してみることは大切だと言っていました。 駆け出しのころは「教える技術」の習得ばかりに目がいってしまい、教えることについて一言で言い表せるようになるんじゃないかという幻想まで抱いてします。 しかし経験を重ねるにつれ、教師と生徒は実におたがいさまであり、自分の教え方は自分の価値観を反映してしまうものだということを実感してきます。
私がジュディス先生から学んだ、ヨガの指導者として大切なことについてまとめてみました。
(1) 安全な環境を提供できること
ヨガの生徒さんにとってヨガのクラスが、安心して自分探し・・自分の心を、身体を、思考を探れる場所であるようにしたいものです。訪ねてきた生徒さんが、自分は大切にされていると感じられない、あるいはここは安全な場所ではないと感じるクラスであるなら、先生失格です。言葉の面でも、ポーズの面でも、もちろんセクシャルな面でもプレッシャーをかけてはいけません。ヨガの指導者としてまず一番始めに考えなくてはならないことは安全な環境を用意することです。安全という基本的な線がなければ生徒さんたちは自分を解放することができないでしょう。安全であるとはまた、身体に触られるのを拒否する権利や、自分の好きなように自分のペースで動く権利をちゃんと尊重してあげることでもあります。
(2) ポーズを教えるのではなく、その人を教えることです。
生徒さん一人一人をちゃんとみて、今日のその人を大切に教えてください。修正されなくてはならないポーズをとっている人はいません。ついつい私たちはポーズを通じてコミュニケーションを図ろうとしてしまいますが、コミュニケーションはポーズではなく人と人同士で行うものです。あなたが教える生徒さんはポーズについての詳細よりも、あなたがどのように教えてくれたか、気にかけてくれたか、親切にしてくれたかの方を覚えているでしょう。
(3) ユーモアを忘れずに
クラスの中にユーモアを盛り込むことで、風通しが良くなるだけでなく、あなたの生徒さんたちに対する気持ち、人間性を表現することもできます。ユーモアはあなた自身をさらけ出す勇気をくれます。じつはこれはとても大切なことで、あなたがさらけ出せすことで、生徒さんたちも自分をさらけ出そうという気になれるかもしれないのです。また、ユーモアによってクラスの緊張は解け、もっと好いことに、笑うことで生徒さんたちの横隔膜がリラックスすれば、呼吸もうまくできるようになります。笑いがあることで、私たちはヨガでとても大切なこと、ヨガの練習は深刻にやればいいのではなく、心を込めて行うことの方が大事なのだということを思い出せることでしょう。
(4) 正確よりも挑戦する気持ちを引き出してあげることの方が大事。
正しいポーズ、という概念は本当にあるのでしょうか。ポーズを正してあげる、というと何かその生徒さんが正しくない、あるいは至らないように聞こえます。身体に手をかけて正しいポーズに修正するのではなく、極力言い回しや実演で見せてあげ、身体に触るのは最小限にとどめましょう。ポーズを直してしまうと、生徒さんに対し「まだまだ十分ではないわよ」というメッセージにもなってしまいます。私たちの多くが、人生のいろいろな局面でこのようなメッセージの奴隷になっています。自宅が十分に掃除されていないかもしれない、食事は十分にオーガニックじゃないかもしれない、指導方法が十分に洗練されていないかもしれない、と、あげだしたらきりがありません。ポーズを直し続けることで、生徒さんは自信を失ってしまうでしょう。もちろん私たちは生徒さんが怪我をしないようにしなくてはなりません。しかし同時に、今のままで十分満たされた存在であること、さらにうまくなる余地があることをちゃんと伝えて励ましていく必要もあるのだと思います。
(5) ポーズの奥深さを実感できるような教え方を心がけましょう。
ピアノの聴音ばかりに気を取られ、ピアノを弾く楽しみが全くないようなクラスになっていませんか?もちろんちゃんとした方法を教えなければポーズの効果は半減し、怪我を引き起こしてしまうでしょう。でも、方法ばかりを教えたのでは、クラスに感動が残りません。パタンジャリのヨガスートラ 第一部 11章には「Abhyasa」と「Viragyam」という、相反する二つの概念について記されています。Abhyasaは努力のことです。規律に従い、意識的に、行動に移すことです。いわば能動的にポーズをつくることです。Vairagyamとはこれと対照的に、執着を手放すことです。なすがままにまかせ、すべてを許すことです。いわば自分の身体にポーズを呼び込むこと、あるいはポーズをとったありのままです。 とてもわかりやすい例は河川です。川が川として成り立つためには、土手とその間を流れる水が必要です。もし土手に例えられるAbhyasaだけしかなければ、そこには干上がった川底しかありません。流れに例えられるViragyam だけで土手がなければ、川ではなく洪水になってしまうでしょう。どちらも存在するからこそ、川は美しい流れをたたえられるのです。ポーズのためのテクニックは心のままの動きに伴って、初めて全体としてのポーズになるのです。
(6) 毎回繰り返してみること、そして何か新しいこと。
一つのポーズをいろいろな方法で教えるにはどうしたらいいか考えてみましょう。毎回同じポーズを教えていくうちに、行き詰まってくるかもしれません。毎回新しい発見ができるように、あなたの練習方法も変えてみればいいのです。 あなたの生徒さんがほかの先生から習ってきた方法でポーズをとることがあるかもしれません。生徒さんの方が学びにどん欲です。反復練習は大切です。何事も反復しなければ身に付きません。でも、その中にも何か発見はあるはずです。 反対に、毎回何か新しいことをクラスに盛り込みましょう。何も特別なこと、難しいことをする必要なことはありません。シャバアサナを新しい方法でやってみるぐらいたいした目新しさがなかったとしても、クラスに新鮮な雰囲気が漂うはずです。
(7) こちらが指導するだけでなく、生徒さんの言葉に耳を傾けましょう。
ここでいう「耳を傾ける」とは、生徒さんを全身全霊で観察することです。そして、生徒さんが今必要としていることを考え、提供してあげるのです。あなたが教えなくてはと考えていることに固執しないようにしましょう。 あなたの直感を頼りましょう。どれだけ練習を積んで、どれだけの指導経験があろうと、毎回そのクラスは初めての回なのです。あなたが、今日のクラスには何が必要なのか察したその直感を信じ、教えましょう。
(8) 言葉は大切に選びましょう。
私たちの身体は一つの筋肉ではなく、筋肉群や神経群の複雑な作動パターンによって動かされています。そのような身体に、私たちは言葉を使って動きをつけようとしているのです。実際身体は言葉でいわれた動きだけではなく、身体が学習してきた記憶に基づいて動いています。子供はそれぞれの筋肉の動かし方を覚える前に、身体の動かし方を学んでいます。 歩行がそのいい例です。どの筋肉を動かしていくかなど考えて歩いているわけではありません。その動きを言葉で説明するのは不可能です。にもかかわらず、クラスでは私たちはそのような動きを言葉で誘導しようとしてしまうのです。だからこそ、言葉の選び方は大切なのです。「いらっしゃい、その調子、委ねて」と言われるのと「押し付けて、絞り上げて、力を入れて」と言われるのでは全く感じ方が違います。動きは右脳と左脳全体で理解されることを想像してみてください。生徒さんの想像力をかきたてることで、あなたの教え方が鮮やかで効果的なものになります。
(9) 誘導の言葉は極力シンプルで明快に。
たくさんの情報を与えようとせず、それぞれのポーズでは一つのテーマに絞って言葉をかけましょう。私たちが生きている時代はとてもたくさんの情報が私たちの身体を素通りしていきます。ポーズについてもたくさんのことを知ることはできますが、それが私たちに幸せにしてくれることではありません。ポーズについて知ることは役に立つしときに必要ですが、心の平安、人生を大切にする気持ちを追求するために十分ではないことを覚えておきましょう。
(10) 複雑なポーズ、難しいポーズはクラスの前半にもってきましょう。
クラスの終盤は極力シンプルにしましょう。生徒さんにとっての満足感を左右するからです。また、それぞれのポーズではどこに意識を置くかを伝えてあげましょう。ポーズにテーマを持たせるのです。あるいは、ポーズのイメージをポーズを繰り返すことによって作り上げていきます。大切なのは生徒さんが動きのペースを落とし、そのテーマをちゃんと味わえるよう、指示をシンプルにゆっくり出すことです。
(11) シャバアサナを省略してはいけません。
忙しい現代人には休息が不足しています。リラックスのポーズで横たわる大切さを、生徒さんにちゃんと理解してもらえるようつとめましょう。それは間違いなく、生徒さんたちへの生涯の贈り物になります。シャバアサナを省略するなどもってのほかです。実際、リラクゼーションの時間がストレスに関連する様々な数値、呼吸数や血圧などを下げることがわかっています。また、自律神経の調子を整え、血液をアルカリ性側に引き寄せることもわかってきています。わずかにアルカリ性側に傾いた血液は、カルシウムの骨からの流出を防ぎ、骨粗鬆症を予防します。
(12) 自分自身も地道に練習し、愛をもって教えましょう。
指導者としてのあなたは、あなたの人生の反映です。正直な生き方をしていればクラスにもそれが現れるでしょう。もう一つ、あなたの練習方法も反映されます。地道にまじめに練習しておかなくてはなりません。そして心優しく練習に取り組んでいなくてはなりません。あなたのヨガとあなたの人生を大切にするように、あなた自身に優しく、そして生徒さんにも優しくできるようにです。