メディカルヨガ

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リストラティブヨガ

リストラティブヨガとは

リストラティブヨガ(Restorative Yoga)という名前を初めて聞かれる方も少なくないと思います。リストラティブとは「回復力」を意味します。通常のヨガは呼吸への意識にポーズを組み合わせますが、リストラティブヨガにおいては毛布やブロックなどの補助具を用いた休息の姿勢から、半覚醒状態を20分ほど続け、心身の回復を図ります。その究極の目的は、短時間でも「安全な感覚を経験すること」です。

誕生の経緯

リストラティブヨガはもともと、ヨガの流派の一つである「アイアンガーヨガ」の派生として練習が行われてきました。それを一つのスタイルとして普及させたのは、北米の理学療法士であるジュディス・ハンソン・ラサター博士です。彼女が自身の人生において大切な兄弟を失った時、自らの心身の回復につとめた経験が指導の原動力となり、リストラティブヨガを必要とする人々への普及につながりました。

人生において圧倒されるような出来事の最中にあったり、著しく気力や体力が落ち込んでいたりするとき、また過去や未来に対する不安に苛まれていたりするときには、これまで当たり前のように行っていたことができなくなることがあります。そのようなときには、それまで意識せずに享受していた「安全な感覚」が混乱に陥ります。リストラティブヨガはヨガと名付けられていますがその練習は受動的な半覚醒状態を繰り返し経験することです。しかし、ヨガのポーズを意味するサンスクリット語である「アーサナ」は「存在する」という言葉が語源となっていることを考えると、呼吸以外の一切の行為をなさずに「存在」することだけを練習するリストラティブヨガはヨガの原点に非常に忠実なセルフケアの一形態ではないかと思います。

理論と方法

リストラティブヨガを経験する当事者は見かけ上、完全なる「受け身」となります。見かけ上と表現するのは、半覚醒の練習を繰り返すうちに、存在することは能動でも受動でもありながら、もう一つの態である「中動」であることを感じられるようになるためです。

私たちが覚醒状態において何らかの姿勢・体位を保っているとき、脳は無意識かつ能動的に身体の平衡や重力に対応するための情報を収集しています。脊髄・脳神経運動核から情報を受けた脳幹網様体を働いている限りは、筋緊張は解かれません。言い換えれば、姿勢筋活動刺激により上行性網様体賦活系(Reticular Activating System)を働かせ続ければ、覚醒状態が維持されます。

これに対しリストラティブヨガでは、筋緊張を解くために姿勢筋活動刺激を最小化し、上行性網様体賦活系の活動抑制を行います。さらに視床に伝えられる視覚・聴覚などの感覚刺激も最小化します。

リストラティブヨガの基本ポーズでは上半身をセミファウラー位(30度ぐらい)にし、四肢の主たる関節の角度をおよそ120度に保たれるよう、補助具で支えます。本人は重力に身を委ねているだけの状態となり、姿勢筋活動刺激が最小化されます。これにより上行性網様体賦活系は働く必要がなくなり、覚醒状態が解除されます。眠りに落ちている状態ではなく、意識はある状態(半覚醒状態: ヒプナゴジア)での休息を20分ほど続けます。慢性的に睡眠が足りていない場合、眠りに落ちることもあります。

20分同じ姿勢を維持するためには、補助具で支えた姿勢に無理があってはなりません。特に背骨は自然なS字カーブを維持している必要があります。補助具にはボルスター、ブランケット、ブロック、アイピローなどのヨガプロップスが用いられますが、身近にあるもので十分代用が可能です。

この状態は瞑想やマインドフルネスとは異なります。瞑想もマインドフルネスもその実践は能動的な心がけです。リストラティブヨガの指導者は瞑想やマインドフルネスの難しさを理解することから出発しています。まして心や体に深い傷を負い、存在するだけで精一杯という人にとっては、いかに効果的であろうと本人の努力を必要とする手法では、現実的な支えになり得ません。

それゆえ本人には一切の努力を強いることなく、受け身の状態で重力に身を委ねられるよう、リストラティブヨガ指導者は補助具を用いて姿勢を作り込みます。それは知識に基づいた介入でありながら、本人の身体のサイズや柔軟性を詳しく観察しながら、あらゆる刺激を取り除いていく作業です。指導者が施し、当事者が受ける、という構造に見えますが、今という時間に身体を委ねていくという点においては、双方の共同作業であり、そこではお互いの受動、能動という境界線が消えていきます。ポーズを作る側は何も理由を必要とせず相手が力を抜けるように支え、受ける側もあえて力を抜こうとせず、支えに身を委ねます。通常のヨガでは呼吸を能動的に意識しますが、リストラティブヨガでは身体の力が抜けた状態で自然に行われる深い腹式呼吸に従います。なお、この半覚醒状態では脳波の中でもシータ波、ガンマ波が活性化すると言われています。

効率的休息の活用

リストラティブヨガではなぜ、このように人を覚醒状態から解除して休ませ、回復させるのでしょうか。私たちの心理は刺激(Stimulus)に反応(Response)するSRモデルで説明されます。実際には刺激を受ける生活体(Organism)が間に入ります。リストラティブヨガでは、この生活体が著しく刺激過敏になっている可能性を想定し、一時的にあらゆる刺激から切り離す介入を人為的に行います。初期の段階ではリストラティブヨガ指導者が支えをつくりますが、当事者が次第にそのプロセスを体感できるようになると、自ら支えを作り、半覚醒状態の経験を繰り返すことができるようになります。

しかし、現代人にとって、何もせずに20分もの間今という時間に身を委ねることは容易ではありません。私たちは無意識のうちに、何かをなす(DO)あるいは何かを有する(HAVE)によって評価をされることに慣れきっており、何もしていないことに価値を見出し難くなっています。DOはできてもなかなかUNDOあるいはBEの状態でいることに寛げないのではないでしょうか。覚醒状態を解除し、一切のDOやHAVEを省いたとしても、私たちの身体は恒常性機能によって守られ呼吸を続けています。そのことへの気づきが何らかの症状の治癒に結びつくという研究はありませんが、効率的に心身を休ませ回復の手段となっているとすれば、臨床への応用可能性があるのではないかというのが私の仮説です。

リストラティブヨガは休息や回復を目的とせずとも、個々の体力や柔軟性に制限のある人にも適しており、怪我や慢性的な痛みを抱えている人にも利用されています。通常はヨガスタジオで指導されていますが、個人的な練習として自宅でも取り組むことができます。

私自身は日本国内においてリストラティブヨガの指導者の育成に取り組んできましたが、緩和ケアに関わる看護師の方々から患者さんのケアへの応用を学ぶ研修を依頼されることもありました。プロセスを経験した後に皆さんが口にしたのは「患者さんよりまず自分に必要かもしれない」という言葉でした。その気づきから伝わっていくケアの広がりもあるのではないかと考えています。

実際のイメージ

リストラティブヨガでポーズをしている写真を撮り、見直してみると、そこには呼吸以外一切何もしていない人の姿しか映っていません。そのため、説明が非常に難しいのですが、出版社マガジンハウスのTarzan様の媒体に、ポーズの作り方をとてもわかりやすく解説いただいております。関心のある方は下記のリンクをぜひご覧ください。

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リラックスに至るプロセス

人をリラックス状態に導くプロセスについて、眠りにつく幼児を例に考えてみましょう。どんなに愛らしいとはいえ、なかなか寝ついてくれない子には手がかかるものです。なんとかして寝かしつけたいときの選択肢として、目的のためには睡眠薬という手段もあります。クタクタになるまで昼間に公園で遊ばせれば、倒れたように眠りにつくかもしれません。(現代人の大人の多くがこのような眠り方かもしれません。)

ほのかにあったかく柔らかい毛布に包まれて、体を丸く抱っこされて、呼吸がゆっくりつられてしまうようなスローペースの子守唄を聴きながら、あるいは波に身体を委ねるように揺られながら、うとうとと半覚醒状態を経て眠りにつくことができたらどうでしょう。そこでは自分を覚醒させるありとあらゆる刺激(光、音、温度、動き)も最小化され、残されているのは自分の息づかいだけです。このような入眠の経験を、ありとあらゆる道具類(抱き枕、毛布、タオル、アイピローなど)を用いて行うのがリストラティブヨガです。

大人でも、本当はこうやって眠りにつきたい願望があるのではないでしょうか。
下記の写真ですが、息子の手術後、麻酔が切れ痛がっていた時に、枕や布団などでリストラティブヨガのポーズを作り休ませた様子です。また娘の通常のお昼寝(光と音を遮り、骨盤と背骨の位置を調整)の写真です。医療や介護の場においても行われている介入かと思いますが、リストラティブヨガにおいては徹底的に至れり尽くせり包み込むことで、ケアしている側もリラックスに誘われます。

リストラティブヨガの導入にご興味をお持ちの医療従事者の方はぜひご連絡をいただければと思います。

参考文献

  1. Lasater, J. H. (2016). Relax and renew: Restful yoga for stressful times. Shambhala Publications.
  2. Steriade, M. (1996). Arousal: Revisiting the reticular activating system. Science (American Association for the Advancement of Science), 272(5259), 225-226. https://doi.org/10.1126/science.272.5259.225 國分功一郎. (2017). 中動態の世界: 意志と責任
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